第拾伍話「雪の少女と歩く乙女の河岸」
「名雪〜、潤は何処に行った〜?」
教室に戻り、予餞会の話を聞こうと潤を探したが見つからなかったので、名雪に所在を訊いてみる事にした。
「潤君?潤君なら、大学入試激励会関係で、志学館に行ったよ」
「あっ、そう言えば佐祐理さんがそんな事言っていたな…。劇の配役、余っているのあるか訊こうと思ったのにな…」
明後日のセンターを皮切りに、3年生の受験戦争は局地戦に突入する。明後日のセンターは言わば本土決戦前の前哨戦みたいなものである。それで、これから戦地に赴く受験生に対し、在校生を代表して應援團が檄を入れるとの事である。ちなみに志学館とは、この学校の80周年記念に建立された講堂の俗称で、昇降口を左折し廊下を真直ぐ歩いた先に位置する。
「祐一、佐祐理先輩に会ったの?」
「あ、ああ、昼食誘われて一緒に…」
「ふ〜ん、そうなんだ…。それよりも祐一、一緒に帰らない?」
「えっ、一緒にって、これから授業だろ?」
「う〜、今日は大学入試激励会の関係で午前授業だよ…」
「あっ、そう言えば朝のHRで一成先生が言っていたな…。でも、予餞会の練習とか、部活とかがあるんじゃないのか?」
「予餞会の練習は監督の潤君が不在でお休みだし、私の所属している部活は冬は練習がお休みだから大丈夫だよ」
「そうか…。ま、そういえば一度も名雪と一緒に帰った事ないし、いいぜ」
「ありがとう、祐一」
名雪と約束を交わし、私は急いで帰りの準備に取り掛かる。帰りの準備をしつつふと辺りを見渡すと、午前授業という事もあり生徒の数はまばらである。ひょとしたら名雪はわざわざ私と一緒に帰る為、待ち続けていたのではないかと考えながら、帰り支度の手を進めた。
「祐一、イチゴサンデー奢って」
下校中、名雪が駅通りの商店街によって行こうよと私を誘い、特に急ぐ必要も無かったので名雪に賛同する事にした。学校前の道路をひたすら北に30分程歩くと、駅前の商店街が見えてきた。そして、商店街に着くや否や、名雪が私にイチゴサンデーを奢ってくれと言い出してきた。
「どうして奢らなきゃならないんだ?」
「『朝歌を一曲歌う毎にイチゴサンデー一杯祐一が奢る』って、約束したからだよ。祐一、昨日歌ったでしょ。だから、イチゴサンデー一杯」
「あれは、お前を起こすという善意から歌ったものだ。むしろこっちが感謝されるくらいだぞ」
「でも、約束は約束だよ」
いまいち腑に落ちない論証だが、私は渋々奢る事にした。
「で、何処で奢ればいいんだ?」
「駅通りのゲームセンターの2階にある、『かのん』っていう喫茶店だよ」
歩いてきた道路を左折し、駅通りのアーケード街を暫く歩くと例の店が見えてきた。
「おっ、何々、新感覚格闘麻雀ゲーム『勝負師伝説 哲也〜雀聖と呼ばれた男〜』入荷…。面白そうだな遊んで行こうかな…」
「駄目だよ、まずは私に奢ってからだよ」
と名雪の隙を突き、1階のゲーセンに入ろうとしたが見事に失策した。そんな訳で、当初の予定通り喫茶店に向った。
「ふ〜、御馳走様っ。じゃあ、次はゲームセンターだね」
「いや、行きたい所だが、他に金を残しておきたいから行かなくていい」
「何か欲しい物でもあるの?」
「ああ、駅通りを右折した先にあるおもちゃ屋でな」
「じゃあ、今度は私が付き合うよ。…祐一の事をもっと知る良い機会になるし…」
「何か言ったか?」
「わっ、何でもないよ〜」
名雪が何か呟いたような気がしたが、気にせず以前潤と行ったおもちゃ屋に向う事にした。
「…それにしても、人通りが少ないな…」
この間来た時にはバイクに乗った状態だったのであまり気が付かなかったが、街往く人をあまり見掛けない。駅通りのアーケード街もそうだったが、中にはシャッターの閉まっている店もある。不景気の波及がこんな地方にまで来ているのかと心中察する。
「規制緩和で郊外に大型店が出来てからずっとこんな感じだよ。何でもお母さんの話だと、この商店街の人達は今まで殿様商売やっていたから、規制緩和で大型店が出来てから除々に客足が遠退いていったって」
「殿様商売か…。今時大型店でも通用しない戦略だな…」
「それに、街中には駐車場が無いから、土地があって広い駐車場が確保出来る郊外の大型店には敵わないって…」
確かに、帝都ほど電車による交通路が確保されていない岩手では、車は交通の要だろう。よって、駐車場の有無は重大な戦力差に繋がるのは明白である。それでも、個人店なら個人店なりの戦略がある筈。他の店では売っていない物を取り扱うとか、店と客の関係を何よりも重視するとか。
と、そんな事を考えている内に例のおもちゃ屋に着いた。確か潤の話だと、ここでは他では扱っていないおもちゃを多数扱っていて、店長に頼めば色々なおもちゃを予約して購入出来るという事だった。また、おもちゃの流通情報なども色々と教えてくれるそうだ。そういう意味では、このおもちゃ屋はその2点を忠実に実行しており、なかなか良心的な店である。
私の通っている学校もそうだが、この街は余りにも保守的過ぎるような気がする。南部鉄瓶、3偉人…。誇れるものは昔のものばかり。そうかと思いきや、駅前の標識には『暴力団追放』や『平和都市宣言』などのエセ的な平和を謳った言葉が乱立している。暴力団追放というのは暴力団を殲滅するのではなく、他の町に追いやっているだけで根本的な解決にはなっていない。平和宣言した所で、有事の際はそんな言葉は意味を持たない。朝鮮や中国がわざわざこの街を的から外して爆撃するとでも思っているのか?いずれにせよ、侵略して来る側がこの街がそんな宣言をしていると知っている筈は無い。自分達が平和だったらそれで良い。日本の戦後を代表するお気楽で閉鎖的、島国根性的な平和主義が如実に表れている。本当にこの街は数々の偉人を生んだ地なのかと、疑問の念が費えない。やはり、戦前と戦後は断絶しているのか…?そんな事を考えながら、私は店先のガチャに熱中する。
「ふふっ…」
「どうした、名雪?」
「ううん、祐一昔と変わっていないなあ〜、と思って」
「そうか?」
「うん、そういうのに熱中する所、昔と同じだよ。祐一もまだ子供なんだね」
「大きなお世話だ」
と反論するも、頷けるものもある。思考力等は確実に大人になっているだろうが、確かにこういう物に熱中するのは、昔から変わっていないと自身思う。
大人になりたくない…?いや、違う、まだ大人になってはいけないのだ、7年前のあの日、私は大人になる事を拒んだ―、そんな気がする。何故…?何故私は拒んだのだろう。分からない…、ただ…、失った記憶を見つけ出せば、その答えが分かる気がする…。
(ククッ…、成程な…)
そこまで考えて、私はある事に気付いた。この街は変わるのを拒んでいる、そして私自身も…。つまり、私にとって、この街は絶好の場所なのである。
「名雪、この先には何がある?」
「えっ、この先?」
「ああ」
「商店街が暫く続いて、その先が川になっているよ。でもどうして?」
「この街を、もっと色々と知りたいと思ってな」
「へぇ〜、なかなか良い所じゃないか〜」
商店街を抜け、見えて来た川の上流。殆ど用水路と言っても過言ではないその川。現に河岸は整備され、片方側は遊歩道となっており、その側には家が立ち並んでいる。しかし、その光景が城下町を漂わせるような雰囲気を匂わせており、なかなか風流な感がある。
「そうだ!祐一、この先に記念館があるんだけど、一緒に行ってみない?」
「何!?記念館!無論だ」
嘗て上野の博物館に通い詰めていた、私の博物館好きは伊達じゃない。そんな訳で名雪にの誘いに有無を言わず頷き、川の上流へと向う。城下町の雰囲気を漂わせた遊歩道を歩いていると、次第に下流に注ぐ渓流音が大きくなり、そして、広い空間に出る。
「静かだ…」
その場所は川を挟んだ公園になっている。さっきまで歩いていた道路とは余り離れていないのに、車の音が殆ど聞こえない。街に囲まれひっそりとたたずむその場所は、まるで時間が止まった様であり、異空間といっても不思議ではない場所である。
公園を隔てている川を繋ぐ橋があったので、渡ってみる事にした。ふと私は橋の真中で立ち止まり、川の中を覗いて見る。川の中には鯉が固まって泳いでおり、その先には群れを為して泳いでいる鴨の群れが見える。橋の右手側から河岸に降りられるなっていたので、私は鴨の群れをもっと近くで見てみようと降りる事にした。
渡って来た橋を戻り、階段から河岸に降りる。その階段は暫く人の歩いた形跡が無く、雪が降り積もったままであった。雪が深く、おぼつかない足取りで、靴の中に時々雪が入っていきながらも、私は何とか河岸辿り着く事が出来た。いざ、鴨の群れに近づこうとするが、鴨達は私の気配に気付き、左右に散開する。やはり人間にはそれなりの警戒心を抱くのだろうなと思い、私は来た道を引き返した。上に昇り、再び橋を渡ろうとすると、水を切る羽音が聞こえたので、その音につられ、後ろを振り返る。見ると、2匹の鴨がじゃれあっていた。その光景は滑稽で私の心を和ませてくれた。
「この鴨さん達はね、冬になるとこの川に越冬して来るんだよ」
と、名雪がこの鴨達について、説明を施してくれた。
「へぇ〜…」
私はその説明に感心しながら橋を渡り、渡った先に立て掛けられている看板に目を通した。
「成程、成程。この川は乙女川といい、水沢城の天然の外堀として使われたと…」
「祐一、この上に登ってみない?」
と、名雪が目先にある扇情に広がる階段を指差す。断る理由も無いので、私は名雪と共にその階段を登る事にした。その階段はあまり人が登った形跡がなく、微かに見える足跡には真新しい雪が降り積もっていた。階段といっても、降り積もった雪の影響で段差は緩和され、坂といっても過言ではない状態になっている。私は端の方に微かに残った足跡の上に乗り重なるように上に登る。その横には微かだがソリで滑った形跡が見られた。ここが子供達の遊び場になっているのだと頷きながら、私は階段を登りきった。
登りきった先、そこは凍結した池の周りをベンチや木々が囲んだ公園だった。高い場所から眺め見る乙女川は、直に見た時とはまた違ったイメージを私に植え付けた。
「祐一、あそこが例の記念館だよ」
と、名雪が公園の右下を指す。私はそこに直に続く坂を降り、記念館に向う事にした。坂は急で、降り積もった雪の相乗効果で私の足の自由を奪う。私は滑り降りるような形で下に着地した。
「わっ、わっ、わぁ〜っ」
と、名雪もバランスを崩した様で、振り返った先には無残にも転倒して雪塗れになった名雪の姿があった。
「いたた…」
「名雪〜、見えてるぞ〜」
「えっ?わっ」
と名雪は慌ててスカートの裾を押さえる。
「冗談だ」
「う〜…、恥ずかしい冗談言わないでよ〜」
と、私は名雪のその姿を冷やかしながらも、手を差し伸べた。
「あっ、ありがとう祐一」
と、立ち上がり、名雪は体に被った雪を手で払い落とす。雪に塗れた名雪、その姿はまるで雪と同化したようで、正に雪という名の少女という雰囲気であった…。
名雪が雪を払い終えたのを確認し、私は記念館へと向った。
記念館は名前を「乙女川先人館」と言い、無料で入れるようだ。中は10坪くらいの四角い空間で、正面に巨大なスクリーンが見え、周りにはいくつかのパネルが展示されていた。部屋の真中にはスクリーンの直角状の位置に透明のパネルが展示されており、まずはそれから見る事にした。
透明のパネルは3つほどあり、乙女川に生息する魚や鳥について説明しているものだった。このパネルを見る事により、先程見た鴨が「カルガモ」という種族だというのが分かった。パネルによるとこの川には他にコサギ、カッコウ、ウグイスなどが生息しているようである。また魚は、コゴイ、キンブナ、オイカワなどが生息しているようである。
「祐一、これ見てみない?」
と、名雪が部屋の中心にあるボタンの付いた画面を指差した。近づき、それがどういった物であるか確かめる。画面の説明によると、選んだボタンにより、正面のスクリーンに好みの映像を流す事が出来るようだ。
「面白そうだな」
と、私はその中の一つを押してみた。その瞬間部屋が暗くなり始め、正面のスクリーンに映像が映り出した。映像はこの地の歴史や乙女川に生息する生物の説明などをした物で、この地に来て間も無い私には大変勉強になる物だった。次に私は部屋の右のパネルをみて見る事にした。
「箕作省吾…、大陸別に各国の人種、風俗、機構、宗教、人口、民族性、産業、民族の興亡等を解説した『坤輿図識』を編纂。またこの著書は、18〜19世紀の列強の植民地支配と先住民の紛争や市民革命等に触れ、欧州諸国の世界政索についても述べられている。当時、革新派として知られた吉田松陰や保守派の代表的人物井伊直弼など、身分や思想を問わず、世の実情を知ろうとする多くの知識人が競って読んだ…。こんな人がいたんだ…」
と、私は思わず感心してしまう。この地が生んだ偉人がまだいたのかと思うと驚きを隠さずにはいられなかった。それにしても、偉人達の業績を聞く度に、この人達は本当に日本人なのかと思ってしまう。…いや、違う…。彼等が日本人なのではなく、我々が日本人になりきっていないのだ。この方々と我々は本当に繋がっているのか?
戦前の日本人は悪かったと言う人がいる。だが、駄目な人間は所詮今も昔も駄目なのであって、良い人間のステータスは昔の人達の方が遥かに上だったのではないだろうか…?
世代の断絶、その感を拭い去る事は出来ない…。我々は本当に日本人なのか…?
先人館を後にし、川を下って行けば帰路に着くとの事で、そのまま乙女川を下る事にした。
川を下り、在来線の下を通りかかった辺りから鴨の数が増えてきた。この遊歩道は在来線や国道4号線の下を通っている。遊歩道の上には街があるのだ!街からあまり離れていない所で見る事の出来る自然情景、都会ではまず見る事の無い情景は私の心を飽きさせなかった。
4号線の下を通過した後、その遊歩道はいったん大通りに出、その先はまた河岸沿いに続いていた。暫く歩いていると左側に建物が見えてきた。建物の窓から本を読んでいる光景が映ったので、図書館か何かだろう。また、その奥側に博物館のような建築物が見えてきたので、名雪に詳細を訊いて見る事にした。
「あれは、市民文化会館で、中にある大ホールはZホールって呼ばれているんだよ」
「Zホール?実物大のマジンガーZでも展示されてるのか?」
「う〜、違うよ〜。緯度観測所の初代所長の木村栄さんが発見した、Z項から名前を取っているんだよ」
「へぇ〜」
「他にも山の方にある今年のインターハイの卓球会場は、Zアリーナなんて呼ばれているよ」
その後、遊歩道は郊外に続き、辺りの景色は冬の田園地帯へと変わっていった。雪に覆われた田園地帯。実りの季節には黄金色に輝くのだろうと考えながら、遊歩道の終着点に達した。遊歩道の終着点、そこには弥生時代風のやぐらが立っていた。
「名雪、このやぐらは?」
「確か、この場所が蝦夷と朝廷の古戦場で、その記念みたいなので建てられた物だったと思う」
「阿弖流為(あてるい)と坂上田村麻呂が雌雄を決した地か?」
「詳しくは知らないけど、大規模な戦闘があったのは確かだよ」
私はやぐらに登り、辺りの景色を見渡す。西の一帯には先程歩いて来た田園地帯が広がり、街は遥か彼方である。そして東に見えるは北上の大河。嘗て戦が起こった1200年前、その時代の人も、同じ北上川の流れを見ていたのだろうか?
阿弖流為と田村麻呂の対決。史実では田村麻呂が勝利したが、もし阿弖流為が勝利したら…?そこまで考えて私は思考を停止した。歴史にifは存在しない、それにそのifは自分の存在その物を否定しかねない。何故ならば、私の祖先は移住して来た人だというからだ。もしも、阿弖流為が勝利し、朝廷に侵される事なく繁栄を続けていたなら、今の私は存在しない事になる可能性が高い。例えその歴史が侵略的行為で悪だったとしても、己の存在意義に関わる歴史である限り、否定する事は出来ないのだ。
「冷たいけど気持ちいい風だよ〜」
と、私に続き、上に登ってきた名雪が呟く。
「なあ、名雪…」
「何?祐一」
「蝦夷は様々な歴史では朝廷に反抗した蛮族みたいに描かれているけど、実際はどうだったんだろうな…」
「う〜ん…、そんな事言われても…。でも、その人達が朝廷と戦ったのは分かる気がするよ。自分達の大切な場所を守る為、その為に蝦夷の人達は戦ったんだと思うよ」
「大切な場所を守る為か…」
やぐらを降りた先、来た道とは違う方向に碑文みたいなのがあったので、読んでみる事にした。が、降り積もった雪の壁に阻まれ、残念ながら読む事は出来なかった。ただ、その左隣にあった石碑から、ここが「巣伏の戦い跡」という古戦場なのは分かった。
その右折先の小道を歩き続けると、広い道路に出た。新築の中学校の横を通り、397号線との交差点に出る。ここまで来れば後は橋を渡り、家には10数分で着く。流れ行く北上の川を見つめながら、私は名雪と共に家路に就いた。
「只今帰りました〜」
「あうっ、祐一お帰り〜」
と、家に帰ると真琴が真っ先に出迎えてきてくれた。
「ねえねえ祐一。訊きたい事があるんだけど」
と、真琴は手に持っていた漫画本を私の目の前に差し出す。タイトルは『幕張』…。
「この漫画の台詞の『それ以上動くと硬くなるぜ』とか、『蛇の脱皮〜』とか、『母さん、俺加えます…』とかの意味がよく分からないんだけど…」
「それが分からないのは真琴が坊やだからさ(C・V池田秀一)」
「ば、馬鹿にしたわねぇぇっ!みてらっしゃい、絶対分かってやるわよぉうっ!!」
と、真琴は怒鳴り声で2階に駆け上がった。それにしても、部屋にある漫画はどれを読んでもいいといったが、まさか幕張に手を出すとは…。真琴の好奇心旺盛さには驚きを隠さずにはいられない。このままでは秘蔵の18禁同人誌に手を出してしまう可能性も否定できない。真琴の手の届かない所に隠さなくては…。
「祐一…」
「ん?どうした真琴、こんな夜中に…」
「意味、分かったよ…」
「えっ!?」
突然部屋に現れた真琴。私は目を疑った。一糸纏わぬ姿をした真琴の姿がそこにあったからだ。
「意味分かったよ、真琴子供じゃないよ…。だから…」
そうい言い終えると、真琴は裸のまま私に抱き付いてきた。
「…俺でいいのか、真琴?」
「うん、だって真琴祐一の事…」
私の分身は既に最高に達し、わだかまる欲望を止める事は出来なかった…。
「真琴…真琴…真琴ぉ……。あれっ!?」
我にかえり辺りを見回すと、そこに真琴の気配は無かった。
「何だ、夢か…。って、何をしてるんだ〜私は〜!!」
恐らくは寝る直前整理した18禁同人誌の影響だろう。始末の悪い事に、私の下半身はスーパーサイヤ人化していた。それにしても、真琴をネタに使うとは…。
「僕は、僕は取り返しのつかない事を…(C・V古谷徹)」
下らない妄想をした事を後悔し、私は再び床に就いた…。
「ねえ、お母さん、1,000円でいいから…」
「祐一、正月まで我慢しなさい」
あゆにクレーンゲームの景品を取ってあげれなかった次の日、僕はお母さんにおこづかいをちょうだいと頼んだ。お正月が近いから無理だって分かっていた。でも、僕はあゆをどうしても喜ばせたかった。
「今、どうしても必要なんだ!」
「全くもう…、一体何に使うの?」
「えっ、そ、それは…」
街で偶然会った女の子にプレゼントしたくて…。そう言おうと思ったけど言えなかった…。言おうとしたら頭がかぁーとなって、顔が真っ赤になって、お母さんにあゆのことを話すことができなかった…。
「その顔…フフ、誰かを好きになっている顔ね。祐一も隅におけないわね、相手は誰?」
「えっ、ち、違うよ」
僕は必死に否定しようとした。でも、そうしようとすると、ますます顔が赤くなるばかりで…。
「大丈夫よ、誰にも言わないから…」
「誰にも言わないっていうなら…。でも、好きとかそんなんじゃなくて…。この街に来た時、月宮あゆちゃんっていう女の子に会ったんだ。その娘、とっても悲しそうな顔していたから、はげまそうと思って…。その娘がクレーンゲームの景品を欲しいって言ったから、僕は喜ばせたくて景品を取ってあげようとしたんだ。でも、おこづかい全部使ったけど取れなかったんだ。それで…」
「月宮あゆちゃん…?…分かったわ、1,000円なんて言わずに4,000円あげるわ」
「えっ、そんなに?ホント!?」
「ええ。但し、その娘にちゃんと取ってあげるのよ」
「うん。ありがとうお母さん」
もらえないと思っていたのにお母さんは僕に4,000円もくれた。僕はそのお金を持って昨日のゲームセンターにかけ足で走って行った。4,000円もくれたんだ、絶対、絶対取らなくちゃ…!!
「そうよね、一番悲しいのは一人残されたあの娘なのよね…。私がいつまでも、悲しんでいる訳にはいかないわね…。…祐一、あの娘を、あゆちゃんを元気にさせてあげて…」
「あっ、こんにちは祐一君」
景品を何とか取ってそのまま駅に向うと、あゆはもう先に来ていて、僕を笑顔で迎えてくれた。
「あゆちゃん、ジャーン!!」
「あっ、お人形さん、取ってくれたの?」
「ああ、しかも今日は一発でだ!」
本当はお金が無くなるギリギリで取れたんだけど、そのことは言わないことにした。こんなに喜んでくれるあゆによけいな心配をさせたくなかったから。
「ありがとう、祐一君。ずっと…、ずっと大事にするよ」
本当に、本当に嬉しそうに喜んでくれるあゆ。初めて会った時はあんなに悲しそうな顔をしていたのに…。良かった、本当に良かった…。
「そうだ!祐一君、お礼にボクのとっておきの場所に案内にするよ!」
「とっておきの場所?」
「うん、ボクのお父さんとお母さんが初めて会った、ボクにとっても大切な場所に…」
…第拾伍話完
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